見慣れた田園風景を抜け、近接した大陸・というよりは島と言った方がいい大きさの陸地同士に渡された、長い石橋を進み、山を越え、着いた草原を歩くこと小一時間。周りを眺めると、右手に緑々とした森、左手には遠く連なった山脈が見える。足元には運送用に舗装された、お世辞にも歩きやすいとは言えない簡素な道があり、遠くまで続いている。脇には背の低い雑草と混じって色とりどりの花々が顔を覗かせた。
そんな春の麗らかな陽気の中、およそ麗らかさとは程遠い声で喚く存在が一人。
「お前へばんの早ぇんだよ、ミティア!」
柄の悪そうな言葉遣いと態度、それらからはまるで想像のつかない麗逸な容姿の少年。その細い金の髪と海色の瞳は誰もが振り返る。少年・アシスは、肩に掛けた長い幅広の剣―刃渡りは1メートル以上あるだろう―を背負いなおしながら後ろを振り向く。
「うー、もう少しゆっくり……」
そして同様に怒鳴られる方が一人。ミティアと呼ばれたその少女は、日に透ける綺麗な水色の髪を肩口に落とし、息を吐いた。普段歩きなれているわけではないらしく、屈伸して足の疲れをほぐしていた。
「今日出てからまだそんな経ってねーだろ」
「時間じゃないの、アシスの足が速いの」
「コンパスが違うんだよ」
「……あぁはい、そうですよね」
諦めたような苦笑いで返事をしたミティアは、よし、と膝を軽くたたくと、前方で待つアシスの元へと足を進めた。
そんな悠長な具合で2人は1日歩き続け、日が落ちる頃には野宿を決定し、疲れた身体を癒したのだった。そしてまた今日も歩くのだが、程遠い道のりを思うと少し気が滅入る。そんな気分とは裏腹に、日は明るくいい天気なものだから参ったものだ。
「なぁミティア、あとどれくらいで着くんだ? つーかそもそも今どこ」
さくさくと歩いていくわりには、いまいち位置感覚を掴まないままだったアシス。ミティアの背負う荷物からごそごそと地図を取り出し、ミティアに手渡した。ちなみに、荷物は分担して持っていて、比較的軽いものをミティアが、重たいものをアシスが持つことにはなっているらしい。
指で地図を追いながらミティアが説明を始める。
「ええーとね……ティレロがここで、昨日越えたニデク山がこれで、このあたりが昨日の野宿の場所で……」
「っそーだ! てめー昨日のカードゲーム勝ち逃げしただろ! 今日はぜってー俺が勝つからな!」
「ちょ、何いきなり、今説明してるのちょっとちゃんと聞いて下さいよ自分で訊いておいて」
めらめらと勝手に闘志を燃やすアシスに、ミティア呆れた顔で言う。
「うっせーお前せこいんだよ、なんか、思考読んでんだろ!」
「読めるわけないでしょう」
「じゃあカード透視してるんだろ」
「してませんっ」
「もしかしてイカサマかお前? なお更タチわりぃ!」
「な……アシスが下手なだけでしょーっ! 人のせいにしてまったく!」
「んだと?! じゃあ何であんな連敗するんだ俺が!」
やり流すつもりだったミティアも、多々の失礼な発言を聞きついついむくれる。はなからアシスは怒ってる。今後二人で旅をしていくはずなのだが、どうやら先行き不安なようだ。
アシスが、だん、と右足を一歩踏み出して握りこぶしを作ったところ、足元で違和感がした。ぐにり、と、街道には似つかわしくない感触に驚いたアシスが足元を見ると、そこには毒々しい紫色のゼリー状のものがあった。
「うおっ?!」
慌てて足をどかし後ろに飛びのくと、ミティアも驚き、目をグルグルとさせ叫ぶ。
「ひぁああああえええ、ももも、ももモンスター?!」
アシスが踏んだ謎の物体は、比較的、というか物凄く大きなスライムだった。全長は1メートル弱といったところだろうか。普通の二倍以上はあるだろう。昨晩のカードゲームの話で騒いでいた二人に、不意打ちを狙ってこっそりと近づいてきていたようだ。存在に気づかれたそのスライムは雄叫びを上げる(あまり恐ろしいものではなかったが)。
「けっ、お出ましかよ! こんな雑魚、粉々にしてやらぁ」
そう言って俄然やる気を出したアシスは、にやりと笑うと背の剣を抜きかまえる。
「あ、あわわあわあ……」
その後ろでミティアは目を白黒させる。ミティアは今までにこのような至近距離でモンスターに出会ったことはなかったようで、異様な動揺を見せていた。そんなミティアを尻目に、アシスはかまわずモンスターに切りかかった。
アシスがその身からとは思えない豪快な剣さばきで二、三撃を与えると、言葉通り粉々になるスライム。「どうだバーカ」と得意げにするアシスと、ほっとするミティアだったが、それも束の間、分裂したモンスターはにじりにじりと集っていく。どうやら再生能力があるらしく、慌ててアシスが何度も切りつけてみたのだが、動きが止まる様子はない。
「き……っしょくわりーなこいつ! つーかムカつく!」
「どど、どうするのっ?! これじゃあキリがないじゃないっ」
半泣きで護身用の短剣をかまえていたミティアだが、顔面蒼白、足元は覚束ず、とても頼りない声であった。
「そーだお前が倒せ! 魔法なら倒せるだろ、お前の十八番じゃねーか」
アシスが思いついたように、肩を掴んでミティアの体をモンスターの方へ向けると、ミティアが大きくかぶりを振る。
「な、出来ない、出来ないよ……モンスター相手に使ったことなんてないんだから……ッ」
モンスターの再生が完了したのか、元の姿に、否、周りの植物なども取り込んでそれ以上の大きさになっている。異形な禍々しいものになったモンスターが少しずつ近づいてきた。カタカタと震えるミティアを支えたアシスが、説得するようにゆっくりと一言一言確かめるように語り掛ける。
「お前村一番の魔法使いだろ? 俺魔法じゃお前に勝てねーよ、そもそも俺使えないし」
うん、うん、と子供のように頷いていたミティアは心を決めたのか、キッとモンスターを見据える。
「わかっ、た、うん、……ありがとう、やってみる。稽古の時と一緒だもんね、大丈夫。大丈夫だよ、よし……」
アシスは下がっていて、と肩に置かれていたアシスの手に触れる。アシスが下がったのを横目で確認したミティアは短剣をしまい、詠唱を始めた。
「雷を司りしトュウスよ 我、汝の力を求む――」
―― 召還するはミティア・ユフィシャン
汝の鬼気としたその力を 今ここに解き放たん ――
ごくり、と喉を鳴らし見守るアシス。ミティアの足元には青紫色に煌々と光る魔法陣が広がった。ごうごうと風が吹き荒れる。スライムがミティアに飛び掛っていくのがスローモーションに見えた。
「放つ雷矢は大地を穿つ!」
ミティアがそう言い放つと、大きな破裂するような音とともに、無数の矢をかたどった雷が天より雨のように降り注ぐ。スライムはまた大きな雄叫びを上げると、一瞬焼け焦げた臭いをちらつかせ、薄っすらと消えていった。跡形も、なく。辺りは静まり返り、また二人だけがたつ街道に戻ったのだった。
静寂を破ったのはアシスだった。
「す……げー! なんだ出来んじゃねーか余裕余裕」
はははと笑いながらミティアの背をバンバンと叩くアシス。肩を張っていたミティアはふう、と一息つくと、ホッとした笑顔でアシスに振り向く。初陣の緊張が一気に緩んだようだ。
「なんか、ね、どきどき、した……でも、もう大丈夫」
「でもさ、稽古の時より威力低くね? 稽古のときはそこら中ギタギタなのにな」
「う……」
「褒めてんだよ」
アシスがガシガシとミティアの頭を撫でると(髪がぐしゃぐしゃになった)、にかっと笑って見せた。ふふ、とミティアがつられて笑うと、「髪の毛変なの、不細工」と言いながらアシスがまた先へ進んでいってしまった。ミティアが慌てて後を追う。
(いつもと変わらないよ……怖くない。大丈夫。これからも、ずっと……)
それからまた数時間ほどした頃、二人は大分目的地まで近づいていた。その間も何度かモンスターに遭遇することはあったが、難なくこなしてきた。随分と慣れたようで、余裕も出てきたようだ。
「なあ、んで、結局あとどれくらいなんだ?」
「うん、えーと、一昨日に村出てから休んだのがこのあたりで……」
アシスが尋ねたのでミティアが地図を開いて確認する。
「そこから30キロは来たから、あと5キロくらいあるから、あと2時間くらい?」
「じゃあ着くのは9時くらいか」
「そだね」
二人がふと後ろを振り向くと、今まで歩いてきた長い長い街道が続いていた。自分達の住んでいた村を出て、はや2日目。ある人からの少し理不尽な願いによって旅に出た。未だこれから長い旅をするという自覚がわかずにいる。
「出だし好調?」
「とは言えねーけど、ま、こんなもんだろ」
「ふふ、そっか」
目下の目的地は、ココフという町。ミティア達が住んでいたティレロバックスという村から一番近い町である。一言二言交わすと、また二人は街道を進んでいった。
その後、二人はやっと町が見えるところまで行き着いたようだ。まとまった建物の群が見え、一先ずの安心である。
「ったく長ぇ街道だ……当分歩きたくないな」
「あと少しね、頑張ろうっ」
少し後ろを歩くアシスに、振り向きながらミティアが言う。
「ね、まず町着いたら宿取らなきゃね」
「ああ、やっとベッドで寝れる……」
「宿とったら、次どうす ぶっ」
後ろを見ながら歩いていたせいで、ミティアは前方から来ていた青年とぶつかってしまった。その拍子にカラン、と音を立ててミティアが短剣を落としてしまう。
「すっ、すみません、怪我、してませんか?」
「……いや」
異国風の服を着たその青年は、少し無愛想に返事をした。目は細く三白眼、髪も目も黒っぽい。ミティアは、少し身体がふわりとするような、なんとも言えないような違和感を覚えた。それが見た目のせいかどうかはわからないが。
いつの間にか先に進んでいたアシスが大声で怒鳴る。
「おいこら! 遅ぇーぞ、早く来い!」
もうすでに町の入り口まで来ているようで、ズボンのポケットに手を突っ込み、不機嫌そうである。どうやら疲れたらしく、早く宿に着きたいらしい。
「え、あ、はーーい! すみませんでした、それでは」
ミティアは青年に軽く会釈すると、慌てて落とした短剣を拾いアシスの方へと走っていった。
「…………」
十八番とか言うアシスに笑えました。
そんなわけで一話修正版。初期一話は封印です(笑)。下手なのが6割、矛盾が4割。今一番書く時に悩んでるのが時間と距離。無駄に数値化しなければいい話なんですが、うっかりすると世界が日本サイズ以下とかになりかねないので(まあそれでもそういう世界と思えばいいのですがちょっと小さいそれは)。
早く続きを書けって時に修正とかしててすみません、もすこしお待ちを。
言うまでもなくキーポイントはラストの青年ということで乞うご期待!←