――赤い……
海が、赤い
ああ、海の赤が、反射して、空も赤らんでる
視界が赤で染まっていく。綺麗、だけど、酷く恐ろしい。
背筋がひんやりとする。
真っ赤。視界が赤で染まる……
――――「来るぞ! 撃に ろ!」
「一体、 は……」
誰の声?
――――「本当に来 法 な 、 は!」
「彼 我 添 るつもり は……っ」
……聞こえづらい……
――――「……ア……」
目を閉じても、赤が眩しい 刺すような、光
「……ティア……ミティア」
誰かが……呼んで……
「ミティア!」
「……ッ……?」
大きな声に驚いて、体がびくりと動く。反射のように目を開くと、ミティアは心臓がどくどくと酷くうるさいのを感じた。そうしてやっと、今自分が見ていた光景が夢だということに気づく。
「……眩し……」
時刻は夜の11時。傍らには煌々とゆらめくランプの光があった。起き抜けの目にその光は強く、慌てて目を強くつむり直し、まばたきを繰り返し、そしてそっと目を開けた。未だ脈の打つのが早い。夢から現へと戻るあの冷えていくような奇妙な感覚を感じていると、ふと、真上から影が落ちてきた。
「起きたか……おい、大丈夫か?」
身を屈めてミティアを覗き込んだのはアシスだった。大きな声でミティアを起こした本人である。ミティアが状況を把握できずに仰向けだった身体はそのままに首だけ動かして辺り見渡すと、どこかの部屋のようであった。自分は布団に包まれてベッドに横たわっていたし、アシスはベッドサイドの椅子に浅く腰をかけていた。心配そうに眉をしかめてミティアを伺っている。
「ん……」
上半身を起こすと、ようやく動悸は治まったものの、頭が少しくらりとした。纏わり付く奇妙な倦怠感を振り払うように首を振るう。
「ミティア、大丈夫か?」
もう一度アシスがミティアに訊ねた。それにミティアは少し首を傾げて答える。
「大丈夫……なんだけど、うん、ここどこ?」
「……ああ、宿だよ。町入ってからちょっとした頃にお前が急に倒れたんだ、覚えてねーか?」
アシスはため息交じりに話しながら、とりあえずのところミティアがそれ程危険な容態ではない事がわかると、どかりと椅子に深く腰を掛けなおした。
「うーん……なんとなく、町に入ったのは覚えてる。それで、買い物してたんだよね?」
「ああ。んで、買い物終わって次に宿探そうとして通りに出た瞬間お前急に倒れてんの、真っ青な顔しやがって」
「あー……」
ミティアは徐々に思い出してきたらしい。傷薬だとか携帯食料品だとかを買い揃えて店を後にし、荷物を抱えて、それが腕からすり抜けていくのを触覚だけで感じながら、力が抜け、光が消えた。確かに自分は気を失った。
「あの後どんだけ大変だったか! 周りにいる奴らは野次馬で寄ってくるし買った荷物持って且つ重たいお前を担いで宿を探し回ってだな……」
「う、うん、なんかごめんね……」
まくし立てるアシスに、申し訳ないと正直に思い謝罪するミティア。確かに荷物は結構な量だったし、さらに自分を負ぶって宿を探すとなると大変だっただろう。この際「重い」と言われたことについては言及しないでおく。思うと彼の高慢な態度や年配者への不遜な態度にも随分慣れたものである。彼がそういう人だというのは小さい頃から分かっていたし、それだけではないことも、わかっていた。
「ともかく……おら、水飲め、水」
アシスがサイドテーブルに置かれたガラスのコップを顎で指した。ミティアは頷くと、起き上がって布団をたたみ、ベッドに腰を掛けるようにすると、礼を言ってコップの水を少しずつ飲んだ。嗄れていた喉が潤う。ほう、と息をつくと、急に風を感じた。
「風、強いね」
外はすっかり暗くなっていて、月と星の光がキラキラと輝いているのが窓から伺える。しかし、先程までの穏やかな撫ぜるような風ではなく、轟々と木の葉も吹き上がる様な強い風が部屋に吹き込んで来た。窓ガラスはガタガタと揺れ、カーテンは風に巻かれていた。
「強いってレベルじゃなくねーか?」
アシスも訝しげに眉をひそめる。
「誰か、いる気がする」
ミティアは人の気配を感じると、立ち上がり窓辺まで歩いていき、窓から外を覗き込んだ。強すぎる風に髪が踊る。
「あ……!」