第一章 それぞれの始まりと終わり

第二話 現実となる伝説

驚いて、声を漏らす。そこにいたのは、青年だった。この町に入る前にミティアがぶつかってしまった、あの青年。

 青年はそれは大きな、真っ白な鳥の背に乗っていた。本に出てくるような、そんな大きな鳥だった。あの強風はこの鳥の羽ばたきに拠るものだったのだろう、風はすっかり静まり返っていた。青年はその鳥から優雅に下り立つと、異国風の白い服をはためかせてミティアのいる窓へと近づいてきた。夜に溶けてしまうような黒い髪、黒い瞳。
「さっきの……」
窓越しに対峙したミティアは、鳥の存在や青年の登場やらに驚きを隠せず、口をぽかんと開けたまま青年に見入る。
「25分、か」
聞こえるか聞こえないかの音量で青年はぽそりと呟く。
「はい?」
青年はミティアの疑問符については答えず、続けて言う。
「短剣を、出してみろ」
「へ、あ、え? は、はい……」
よく分からないままミティアは護身用に常備している短剣を探す。ベッドに寝かせる時にアシスがポーチごと取ったのだろう、ランプの火の揺らめくサイドテーブルの上に同じように置いてあった。
「え、あれ?!」
「どうした?」
アシスも気になり、ミティアの手元を覗く。そこにあったのは、いつもミティアが持ち歩いているはずの質素な短剣ではなく、風変わりな剣、さしずめ槍が極端に短くなったような剣があった。サイズは同程度だが、明らかに違うのは分かる。
「あの、これ……えと」
「ああ。それは、私のものだ」
ミティアが窓越しにおろおろとその槍を差し出すと、青年は当たり前のように受け取って、腰元の紐の間に挟むようにしてしまった。
どうやらぶつかった時に、ミティアが自分の物と思って拾った剣は彼も同時に落とした物で、間違って拾っていたらしい。
「慌てて拾ったから……すみませんっ」
ミティアは顔を赤くして謝った。まさかそんな物を間違えるなんて、思いもしなかった。
「ミティア、その石は服の下に入れて、隠した方が良い。」
ミティアの本来持っていた短剣を青年は拾っておいたらしく、それをミティアに手渡しながらそう言った。"石"というのは、ミティアが首に下げているペンダントのことだった。綺麗な緋色で、ランプと月夜の光を美しく反射させて輝いている。宝石としてなかなかに良いものであった。それは、ミティアが祖父から受け取った大切なもの。
「こ、これですか? えと、変、ですかね?」
青年が何を思ってそう言っているのか測りとることができず、言われるがままにペンダントのトップを服の下へと滑り込ませた。そうすると、石をつるす紐しか見えなくなる。
「身のためだ。……気休め程度にはなるだろう」
そう言って青年は、自分の後ろに鎮座する大きな白い鳥の方を向くと、その背を撫ぜ「行く」と一言だけ述べた。青年が下りたときのように慣れた動きでその鳥の背に乗ると、その鳥は羽を大きく一振りした。ばさりと音がして、窓から部屋に少し強い風が吹き込む。その風はミティアの髪を後ろになびかせた。青年はちらりとそちらを伺うと、低いがしかし通る声でミティアに言い放つ。
「また、いつか会う。その時には成果が見れる事を望む」
再びばさばさと大きな音がして、鳥が天に向かって上昇し始める。ミティアは何がなんだか分からないが、慌てて呼び止める。
「待って! えーと……その、名前! ……貴方の名前を教えて下さい!」
窓から身を乗り出し上を向いて大きな声を出す。どうして自分が呼び止めたのか、勢いで呼び止めてしまったようで、ミティアはまごつきながら青年の名前を問うた。月の光が印象的に輝く。
「……遠賀潺、だ。」
青年は、変わらないトーンのない口調で一言そう言うと、鳥は勢いをつけるように少しだけ下降して、来た時と同じように風を舞い起こし、夜の空へ飛んでいった。


「な……なんなんだ、あいつ?」
後ろから一部始終を見ていたアシスは、ミティアの隣から窓の外を覗き込む。今ではあの大きな鳥も、もう点ほどにしか見えなかった。ミティアもどうすることもなくぼんやりその点が見えなくなるまで見ていた。
「なんだったんだろ、ね? 成果がどう、とか……」
うーん、とミティアが首を傾げる横で、アシスは気に入らなさそうに口を歪めている。
「なんだあれ、かっこつけてんのか? 意味わかんねー」
ブツブツと文句を言っているアシスを横に、ミティアはずっと不思議に思っていた。
彼は、自分の名前を知っていた。


「んで? 結局それしまってるわけ?」
「え、うん、なんか、気休めってなんに対してか分かんないけど、まあとりあえず……」
アシスはミティアの胸元を指差している。青年・潺が指摘した緋色の石。これを隠せと言う言葉にはどういう意味があるのか。

 そもそもこの石は、ミティアの祖父、トレスト・ユフィシャンの持ち物であった。彼の書斎に大切にしまわれていたそれは、ある日急に日の目を見ることになった。アシスの剣の師でもある彼は、唐突にミティアにその石を託し、「この緋石と同じ物を持っている者を探して来い」と告げたのだった。なんのことだかさっぱりわからないミティアであったが、閉鎖的な村での生活に嫌気が差してきたきらいもあったし、何より頼りっぱなしであった祖父に頼まれごとをされたのだ。今までの恩を返すと思うと、やらねばならないと思った。ただ、一人旅では危険すぎるということで、彼女の幼馴染であるアシスも同行させられたのだった。じっとしているのが性に合わないアシスだったから、祖父の大雑把な依頼には少し反論したが、結局旅に出ることになったのだった。なんだかんだでアシスも彼には世話になっているのだ。
そういった経緯で、彼ら2人は長い旅路へと出たのだったが、早速その旅の中心である緋石の謎が深まってしまった。

 緋石についてはなにも語ってくれなかったトレストにちょっとした憤りを覚えつつ、二人は今日のところは眠ることにしたのだった。



 夜が深まった空、満月はその存在の輪郭を綺麗に縁取っていた。雲ひとつない空にただ1つ白い何かが見える。潺の乗るあの鳥であった。
「あの娘……ミティアといったか。すごいな」
どうやらあの白い鳥は人語を話せるらしい。白い嘴を器用に動かしていた。だが、両目は堅く閉ざされていて、もう何年も、いや、もしかしたら何百年も光を見ていないように思えた。盲目の状態で、正しく飛行することが出来る。いちいち不思議な鳥であった。彼(と言っておこう)は、潺の返答はもとから期待しているようでなく、今度は続けて訊ねるように言った。
「25分とは、持った方ではないか。彼女は何なのだ?」
「……気になるのか、鴆(じん)?」
ようやく口を開いた潺は、鳥の名を呼んだ。鴆は目的地へと向かうため方向を変えるように羽ばたきながら会話する。
「潺の槍は何故持つだけでそんなにも精神力を使う? 常人が持てば3分と待たず気を失う。彼女はその何倍保った?」
「持って15分だと思っていたが、予想以上だったな」
潺が件の槍を手に取り一振りすると、それは長い、彼の身長程あろう三叉の槍へと変わっていた。
「何故お前はそんなものを使う? お前程の実力なら棒切れでも十分な武器になるだろう」
鴆は半ばたしなめるようにして潺に訊いた。わざわざ疲れるようなことをしている気が知れない。
「棒切れより威力が上だ。己を鍛える事も出来る。普通だろう」
「変わり者」
潺の意見に鴆はそうやって罵ってやったが、潺はあまり聞いていないようだった。
「ミティア、か。……緋石……。……もうすぐだ」
「何が」


「分かっているだろう。伝説は、繰り返される。」

コメント

また随分と時間がかかったなぁ。実際考えたり打ったりしてる時間は短いのだけれど、取り掛かるまでにものすごい時間がかかるみたいです。ちょこちょこ進めてたら、気が付いたらリニューアルしてました(・・・)。今年中に1章くらいは終わらせられたらなぁ・・・目標は高く高く!←
改訂版じゃなくて早く続きが書きたいですね。頑張るぞ!

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