美しき宝 【前編】





 いつか、俺もあんな美しい宝を見つけられたら……そう、思った。


 「レン。これが、現王の実兄が残した宝が眠っているっていう塔なのね?」
緑色の綺麗な瞳をした少女は、自分の長い紅の髪を手で払い除けながら尋ねた。
「あぁ。シーアもこの塔のいわれは知っているだろう?」
レンと呼ばれた少年はその問いに答える。彼は少女とは逆に青い髪をしていて、澄んだ琥珀色の瞳である。
「その実兄が亡くなる際に『私の最も価値ある宝はあの塔の最上階に』って言ってたんでしょ?」
 二人は、高く聳え立つ、地上二百メートルはあろう塔を、陽の光に目を細めながら見上げ、風をうけて立っている。周りは深い森になっていて、人影は全く見当たらなかった。塔自体は相当荒れ果てているが、決して倒れることのないよう頑丈に建てられていた。遠くからでも目に付き易く威厳もあったので、この地域の名物になっているらしい。ただ、現在はその森に入ることすら禁じられている。そんな場所に、二人は立っているのだ。

 「それで?」
「えーと……なんだっけ」
少女・シーアが曖昧にしか記憶していないことに溜め息をつくレン。前にも詳細は教えただろう、と言って、もう一度塔についてを話し出す。
「シーアが言うように、そう言い残して現王の実兄は亡くなったんだ。だから、その実弟……つまり現王が、王宮の使いを出して、塔の中を探索させたんだ」
「けど、使いは誰一人として帰ってこなかった……?」
「そう。幾度にもわたって探索させたけど、絶対に誰も帰ってこないんだ。塔には魔物も出るから、それにやられたんだろうって当初は言われてたけど、ほんの一人も帰ってこないのはおかしいだろ?だから、『呪われた塔』だなんだって言われて、探索は打ち切り。今は塔の入り口とその周辺を閉鎖して、国民や他国民はもちろん、王宮の関係者をも近付けさせないようにしているんだ」
 レンが言い終えると、シーアは初めて聞いたかのようになるほど、と頷いていた。自分にそれ程関係ないことは忘れてしまうらしい。今度はしっかりと覚えたようだ。
「で、そんな美味しそうな宝が残ってるっていうのにほったらかしにするなんて、最強トレジャーハンターコンビとして、私たちの名が廃る!ってことねっ」
「……まぁ、一応そんなところだな」
目を輝かせて言うシーアに、レンは呆れた風に答えた。


 レンは塔の入り口にかけられていた施錠魔法、つまりは魔法によるプロテクトを解除すると、早速中へと入っていった。その後にシーアも続く。
「ねぇ、なんで王宮の偉ーい魔術師サマがかけた魔法をレンが簡単に解除できるの?」
実際、先程の森に入る時も、森とその外の境界全体にかけられていた施錠魔法をレンが解除している。
「何、もしかして魔法専門の私よりも剣術のオマケ程度に魔法使ってるレンの方が実力が上なのっ?」
シーアはショックだと言わんばかりの表情でレンに詰め寄る。
「オマケってお前それ、失礼だぞ。……施錠魔法の解除は簡単な魔法の部類だろ?元は暗証照合みたいなもんだ。で、俺は裏ルートでその暗証を知ったの」

 施錠魔法は、手順の中に暗証を加えなければならない。暗証は施錠魔法の鍵となる。その暗証が漏れない限り施錠魔法が解除されることはないが、逆にその暗証が分かれば、それが鍵となり簡単に解除されてしまう。だから、暗証は施錠魔法をかけた術者は誰かに暗証を教えることはそうない。
「そっかー、じゃぁ魔法っていうより情報収集がすごかったのね、レンの場合」
シーアは、自分の魔法力に問題はない、ということが分かり安心したらしい。
「まぁそうだな。それに、シーアの場合は天然術師だからな。暗証云々じゃなくて、六感で施錠魔法なんて解除するだろ。今回の場合は王宮の術者級だったから暗証なしで解除するのは難しかっただけで」
「うーん……意識はしたことないなぁ」
「それが天然術師だよ。貴重な人材だ」
「ん……そう言われるとなんか照れるなぁ……ほら、先行こうっ」
そう言いながらシーアは先へとどんどん進んでいった。そんなシーアの後姿に微笑んで、レンも足を急がせる。塔内は、カツンカツンという足音がよく響いていた。




 塔に入って十数分した頃、ちょうど塔の中央部にあたる所まで来ていた。今までは、謎の石碑や石像があるものの、長い回廊が蛇行して続き、何度か小さな空間が現れるだけで、一本の道なりに進んできていた。対して中央部は、ホールのように開けた場所で、太い柱が二十から三十程立っていた。
 ホールの中央まで来ると、ふと何かに感づいて、レンとシーアは同時に立ち止まる。
「……いるな。囲まれた」
「うん、油断してた、かも。……二、三……五匹、だね」
どうやら魔物、所謂モンスターに遭遇してしまったらしい。二人は背中合わせにし、各々の武器である剣と杖をしっかりと構える。次の瞬間には、物陰に隠れていたモンスターが姿を現し、二人を取り囲んでいた。それらの異形と、振動がこちらまで伝わるほどの雄叫びを上げる様子は、禍々しいものであった。
「レン、殺しちゃだめよっ!」
「わかってる!」
モンスターが一斉に飛び掛ってきた。レンは声を上げ、得意の剣でモンスターに切りかかっていく。モンスターの身体が千切れ、傷つく生々しい音がホールに響く。そこからは、モンスター特有の緑色の粘ついた血が吹き出る。シーアも同じくして、魔法を詠唱をし、レンに当てないよう調整しながら、雷の魔法をモンスター全体に浴びせる。やはり、モンスターの焦げた臭いが気持ち悪い。


 数分後には、瀕死状態のモンスターが床に転がっていた。
「殺すなって言っといてお前が惨いことしてるじゃん……」
レンは剣を鞘にしまいながら、モンスターの焦げた身体を、痛々しい、と目で言う。
「う……弱くしたつもりだったんだけど……ごめんね、モンスターさん」
申し訳なさそうに、且つ悲しそうにシーアは目を伏せる。シーアは魔力の調整が上手くできないらしい。もともと莫大な魔力を持っているせいだろう。
「はやく転換してやれ」
「うん」
シーアは杖を振り上げ、長い詠唱を始めた。




 先程まで床に転がっていたはずの五匹のモンスターは、どこにも見当たらない。シーアが転換したからだ。
「これで今まで、何匹転換できたのかな……」
「さぁな。確実に、増えてはいるさ」
 転換魔法はごく一般的な魔法ではあるが、シーアの場合は規模が違う。普通は木の枝を棍棒に変えたりする程度のものだが、シーアは元々不滅とされているモンスターを「魂」へ転換させることができる。モンスターの身体を媒介にして、自分の精神とモンスターの精神を繋ぐ。その状態で、応用した転換魔法でモンスターの身体と精神を分離させる。身体は媒介にした影響で消滅し、精神は魂となり、冥界へと送られる。つまりは死ぬ、ということだ。簡単に言えば、シーアの転換魔法で、完全には死ぬことのできないはずのモンスターを、永眠させることができる。これは、とても貴重なことなのだ。
「私はただ、苦しまないでほしいだけなんだけど……」
シーアがぽそりと呟く。
「何か言ったか?」
「ううん」
「じゃあ、次に進むぞ」
「うんっ」
 二人は奥へと続く回廊を進む。この後も、二人は何十匹ものモンスターに遭遇し、一匹一匹を転換していった。





 何度も階段を上り、十階程まで来た頃に、ふとレンが足を止めた。後ろを歩いていたシーアは、レンが急に立ち止まったので顔をレンの背中にぶつける。
「わっ!いたた……ごめんねレン。どうかしたの?」
レンは眉を寄せて目を閉じ、黙っている。何かを聴こうとしているようだ。レンが黙っているので、シーアも黙るより他なく、レンが何かを言うのを待っている。少しすると、レンが口を開いた。
「歌が……歌が聞こえないか?」
思わぬことを言うレンにびっくりしたシーアは、レンと同じく聞こえると言われた歌を聴こうとする。
「あ……」
なるほど、確かに小さく、遠くからではあるが、綺麗な歌声が聞こえてくる。声の高さからして、女性のものだろう。
「そういえば、現王がこの塔に使いを出した時に、入り口付近で『女性の歌声が聞こえる』と言った使いが何人かいたって話だったな」
レンが思い出した、と、手を顎にあてて言った。シーアは歌を静聴している。
「そうなんだ……それにしても、すごく綺麗な歌声だね……」
「『塔を守るように響く歌声』だそうだ」
女性の歌声は塔内に小さく響いている。聴けば聴くほど、吸い込まれそうになる歌声だ。
「綺麗だけど、なんだか悲しそうね。……それにちょっと怖い。なんでこんな所で歌声なんか……塔の下から歌っても、窓の全くないこの塔に聞こえるはずなんかないし……」
シーアは手を耳に沿え、顔をしかめて、声を震わす。第一、この塔の付近には人間は自分たち二人以外誰も近づいていない。
「……ということは、高等なモンスターがここにいるわけだな」
気をつけて進もう、とレンは言うと、少し聞こえづらくなっていった歌を、耳から払い除けるように首を振り、また先へと進んでいった。不安げあたりを見回していたシーアも後に続く。



 「……ねぇねぇ、レンって王宮について結構詳しいよね?」
始めの階から風景も構造も全く同じ階を、いったい何十階目か分からなくなりそうなほどに上った時、シーアがレンに尋ねた。暇つぶしに二人でしていたしりとりで詰まったのを誤魔化したようだ。
「なんだよ、次は『ぷ』だぞ。おんぷの『ぷ』」
「わかってるっ!だってさっきからレン、『ぷ』ばっかり回して来るんだもん、『ぷ』で始まるのってなかなかないのよ!」
「それがしりとりだろ。また俺の勝ちだな」
怒るシーアに笑いながら勝利を宣言するレン。
「うぅー……もうっ、それはいいのっ!ともかく、王宮!」
「あぁ。王宮がどうかしたか?」
この塔に入る前も、入った後も、レンは王宮のこと、とりわけ塔について知識があった。確かに、今までトレジャーハントする時は、いつもレンが情報収集をして、サポートでシーアがついていた。けれど、シーアにはレンが知り過ぎているようにも感じる。
「もしかして、レンって王宮関係者?」
シーアはしりとりをしながら悶々と考えていたことを口にする。レンは一旦驚いた表情をして見せたが、すぐに笑い出した。
「はははっ、そりゃいいな!王宮関係者なら金も余りに余ってることだろうし」
「馬鹿にしないでよっ、真剣に訊いてるんだから!」
むすっとしてシーアはレンを睨み付けるが、余程面白かったのか、レンはまだ笑っている。
「あのな?なんで王宮関係者みたいな金持ちが、わざわざトレジャーハンターなんてやってなきゃいけないんだよ」
レンが正論を吐くがシーアは合点がいかない。
「それはっ……何か理由があってとか……」
「どんな?」
「……知らないけど」
レンはふぅと溜め息をつくと、続けて言った。
「それに、俺が王宮のお方様みたいな人間に見えるか?」
シーアはじっとレンを見つめる。すると、にこっと笑ってこう言った。
「……それもそうね、レンみたいななげやりな性格の人が王宮の人なわけないよねーっ」
今度は替わってシーアが笑い出す。
「てめっ……シーア、塔に入ってからなんか失礼だぞ!」
「そう?あははっ、だって自分で言ったんじゃない?」
「ったく、調子に乗りやがって……」
レンは腰に両手をあてて、じろりと見る。シーアは「ごめんごめん、冗談よ」と言ってはいるが。レンはまたひとつ、溜め息をついたのだった。

 「それでね、王宮について訊きたかったの」
「あぁ、何が訊きたい?」
訊くことを整理しようと、シーアは目を上に向け、うんうん唸っている。
「えっと……現王の実兄って、どんな人だったか知ってる?」
「あぁ、なんとなくは。何で?」
「なんでこんな高い塔をわざわざ建てて宝を封印したのかなぁって」
シーアも色々と考えていたらしい。シーアは王宮についてよくは知らないから、何を考えるにも仮定でしかなく、疑問を解決できずにいた。
「彼は……確か現王の四歳年上だな。なんでも冒険が随分好きだったらしく、放浪癖があったらしい。そのころは現王と同じく彼も王子で、政治に直接関わっていなかったから、ちょくちょくいなくなっては遠くに冒険に出ていたんだとよ」
「でも……その人第一王子でしょ?そんなんありなの?」
もっともである。基本的には、王位継承は長男である、第一王子が受ける。その長男が、放浪癖を持ち、ふらふらとどこかへ出かけてしまうようでは、しようがない。
「あぁ、だから、その時の王、つまり前王も、なかなか手を焼いていたみたいだ。彼は城を抜け出すのが得意だったらしいしね。そして、前王の心配した通りだ。ある日、血塗れになって城の門の前に倒れているのを衛兵が見つけた」
「えっ……!」
シーアは至極驚く。こんな展開だとは思っていなかったらしい。
「それで、助かったの……?」
「後はシーアの知っている通りだ。亡くなられたよ。すぐ医務室に運んで手当てされたけど、出血多量で、まもなくね。その時に残した言葉が、『私の最も価値ある宝はあの塔の最上階に』」
「そうなんだ……。それで、前王が亡くなった後、現王が王位についたのね」
「まぁ、そういうことだ」
第一王子の冒険好きが仇となり、命取りとなったのだ。螺旋状の階段をゆっくりと上りながら、シーアは話を吸収する。
「いつも思うけど、よくこんな細かい情報仕入れたねぇ……」
シーアは、改めてレンの情報収集の程度の凄さを実感する。特に王宮に関する情報は、なかなか市民にながれるのが遅く、且つ曖昧である。これだけ細かく知れることはなかなかない。ただ、今回は第一王子の死という大きな事件のせいもあり、多少は世間に広まった話題ではあった。
「まぁな。まだあるぞ、彼は正室を迎えず、側室を一人だけ娶って子を一人残している」
「えぇ!正室いないのに側室はいたの?」
「あぁ。現王にはまだ息子がいないから、次の王はその側室の子がなるらしい。男優先の継ぎ方だからな」
だんだん話がややこしくなっていく。シーアは首を捻り、話を頭の中で整理している。
「……ともかく、現王の実兄、元第一王子が随分不思議な人だったことは分かった」
「それだけわかれば十分だ」
笑いながらレンが答えた。





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